フジテレビの渡邊渚アナウンサーがラジオ番組で発した友達の事を「私の取り巻きが…」という一言が、リスナーの間で話題になっています。
ラジオでの発言と、その後発売されたフォトエッセイでの友人に関するコメントには、一見すると矛盾があるように思えます。
果たして、彼女の本当の交友関係はどうだったのでしょうか?
実際のラジオ音声を聞きながら、解説します。
【音声あり】渡邊渚の「取り巻き」発言とは?
加藤浩次さんがパーソナリティを務めるラジオ番組で、渡邊渚アナの恋愛事情について話が及びました。
その流れはこんな感じです
1. 恋愛経験についての話題

一回も付き合ったことがないんだもんね?

はい、そうです

友達ともあまりそういう話はしない?

私の取り巻きが…

渡邊さん、友達のこと取り巻きだと思ってたの?

周りが恋愛経験がない子が多かったです
といった感じで渡邊さんが慌てて訂正するも、その場はおかしな雰囲気に。
この「取り巻き」発言が注目された理由は、彼女の言葉選びによる印象の違いにありました。
「取り巻き」という表現には、まるで 「自分の周囲にいる人々=付き従う人々」 というニュアンスがあります。
友達というより、どこか 上下関係を感じさせる表現 なのです。
この発言のあと、すぐに「恋愛経験がない子が多かった」と訂正しましたが、そもそも「取り巻き」という言葉が出た時点で、彼女がどのように周囲の人を捉えていたのかが気になるところです。
渡邊渚のフォトエッセイに登場する友達3人とは?

渡邊渚アナは、2025年に発売したフォトエッセイの中で 「3人の親友がいる」 と明かしています。
彼女の語る「3人の親友」
1. バレーボール部の友達
2. 学校の仲良し同級生
3. 心の支えになってくれる存在
さらに、彼女のエッセイにはこんな言葉もあります。
「絶対的味方がいるって本当に幸せなこと」
これは、「取り巻き」という言葉とは対照的です。
ただし、ここで考えられるのは、ラジオでの発言とフォトエッセイでの発言は、異なる文脈で出たもの だということです。
• ラジオでは、軽いノリで「取り巻き」と表現してしまった可能性がある
• フォトエッセイでは、改めて自身の考えを整理し、友達との絆を強調した
つまり、「取り巻き」という言葉が出た当時は、そこまで深く考えずに発言した 可能性もあります。
しかし、後にフォトエッセイを執筆する過程で、改めて「本当に大切な友達とは?」と向き合った結果、言葉の選び方が変わったのかもしれません。
さらに、友人についてまったく異なる語り方をしています。
フォトエッセイで語られた「大切な友達」
また、フォトエッセイでは彼女はこう語っています。
「友達の真価は数じゃない。絶対的味方がいるって本当に幸せなこと。ありがとうと、また明日!って言える関係がずーっと続きますように。」
この言葉には、「友達は大切な存在」「数ではなく質が重要」 というメッセージが込められています。
フォロワーからも多くの共感の声が寄せられました。
•「自分を理解してくれる人が1人でもいることって幸せなことですよね。」
• 「僕も友達は数じゃないと思います!自分が本当にいいと思った人たちと自然に一緒にいられたら、それが一番ですよね。」
また、彼女は病気療養中に、友達に支えられていたことも明かしています。
「周りにいてくれた人たちのおかげです。数少ない友人たちは、私が病気になった次の日にすぐ駆けつけてくれたり、私が『死にたい』と口にしたときにも、優しい言葉を返してくれたりしました。」
このエピソードだけを見ると、「取り巻き」という表現とはかけ離れた、「深い友情」 を感じさせる内容ですよね。
まとめ
今回の「取り巻き発言」は、渡邊渚アナの交友関係や価値観について、改めて考えさせられるきっかけになりました。
ポイントを整理すると
• 「取り巻き」という表現が、上下関係を感じさせた
• その後のフォトエッセイでは「絶対的味方」として友達を描いていた
• 発言の時期や文脈によって、彼女の「友達観」が変化した可能性がある
言葉の選び方ひとつで、ここまで印象が変わるのは興味深いですよね。
また、彼女は「結婚するなら自分が相手を養いたい」とも語っています。
これは、かなり自立心が強く、人間関係でも 「対等」より「リーダーシップを取りたい」 という意識があるのかもしれません。
もしかすると、ラジオでの「取り巻き」発言は、本音というより、その場のノリで出た言葉だったのでは?
今後、彼女がこの話題にどう触れるのかにも注目したいですね。